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正妻   慶喜と美賀子  上・下   林真理子  講談社

 激動の幕末に、最後の将軍として生きる徳川慶喜を女目線で語る歴史絵巻。

 わしは将軍にはならん。どんなことがあってもならぬつもりだ・・・。幕府と朝廷の関係が激しく激しく揺れ動く幕末。京から江戸へ嫁いだ一人の姫がいた。その夫、家康公の再来ともうわさkされる男こそ、のちに「最後の将軍」となる徳川慶喜であった。公家の姫から将軍の妻となった美賀子の人生を通して幕末の動乱と人間の深淵を描く・・・。(上)

 わたくしは妻でございます。妻なら真実を聞かねばなりませぬ。鳥羽伏見の敗戦で江戸へ「逃げ帰った」と伝えられる最後の将軍、徳川慶喜。若い頃から英邁と讃えられた男は、しかし、本当の卑怯者なのか。公家の姫として京から江戸へ嫁いだ美賀子の人生を通して妻だけが知り得た歴史の真相を描き、幕末に新しい光をあてる傑作長編・・・・。 (下)

 今流行りのトレンディドラマ風に言えば、「女にもてる」と豪語しているハンサムなセレブ男と、これまた由緒ある家から嫁いできたセレブな正妻、下町育ちの庶民派2号の話である。女の世界では、嫉妬と妬みが渦巻き、嫁姑問題も発生。男の世界では、権力闘争や駆け引きに明け暮れる。

 登場人物は、実に豪華。女性陣は由緒ある今出川家の姫として京で育ち、慶喜の正妻として江戸に嫁いできた美賀子。これに対して妾は江戸の火消し、新門辰五郎の娘のお芳。二人の視点から描かれているのが、容姿端麗、頭脳明晰と言われている最後の将軍、徳川慶喜である。 

 美賀子の姑や大姑に当たる和宮や天璋院篤姫については、かつて、本などで読んだことがあるが、慶喜の正妻である美賀子については全く知識がなかったので、読んでいて新鮮だった。幕末のことは、今から思えば、大政奉還という事実だけで勉強したような気になっていたが、大政奉還に至るまでのことがわかりやすく書かれていてよかった。

 慶喜、美賀子、お芳らを取り巻く人間模様も、西洋からやってきた食べ物や飲み物、外国語にまつわる話も興味深かったが、一番の関心事は将軍が鳥羽・伏見の戦いの直後に敵前逃亡した理由である。

 最後に慶喜が美賀子に語った真相は・・・。フランス大使のロッシュがナポレオン三世の密書を携えて二条城を訪問。それによると、ナポレオン三世は武力支援を約束するが、勝利の代償として薩摩の割譲を要求してきた。そして後に、ロッシュの口からイギリスのパークスが西郷吉之助に武器の提供を持ちかけ、その代償として、兵庫港を欲していると知る。日本の植民地化という英仏の真意に気づき、それを阻止するためには「敵前逃亡」しかなかったいうのだ。

 もしこれが事実であるなら、慶喜の咄嗟の判断が我が国の切り売りを救ったことになる。

 将軍職を辞してからの慶喜の様子はなかなか興味深い。好奇心旺盛で、油絵や写真にのめりこんだり、当時としては珍しかった自転車に乗ったり、医術にも興味深々な多彩な文化人としての顔がうかがえる。

 11月30日(2013年)の日本経済新聞の48面の文化欄に徳川慶喜が紹介されている。それによると、没後100年を機に、本格的な洋画家の顔が注目されており、日本の洋画の黎明期に活躍した一人として、美術史に位置づける動きがあるそうだ。

 記事の中には、幕末期に撮られた慶喜の写真(かなりのイケメン)と、「蓮華之図」「西洋風景」という題のついた絵が2枚掲載されている。

 

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